連載③【わたしセンスがないんですの正体】
- 由香 吉野
- 6 日前
- 読了時間: 3分
前回のブログは、
頑張ってきれいに撮っているのに、届かない
そんな違和感の理由を、写真の役割からほどきました。
(前回はこちら⇓)

今日はその続き。
「わたしセンスがないんです」と言ってしまう、その正体について。
「センスがないんです」
そう言って相談に来る方は、とっても多い。
でも私は、その言葉を聞くたびに思うんです。
もちろん、上手く撮れないと感じているから 《センスがない》という言葉が出るのでしょうが 《センスがない》という言葉の本当の正体は
ひとりで頑張っているからこその
不安の象徴のようなものなのかなと。

では逆に、
《センスがある》という状態はどのような状態か。
生まれつき飛び抜けてるとかではなく
素材や質感が整っていることの形かもしれないし
あの人の持ち物は全部センスが良い、
というときのセンスの良さは
選ぶ基準が一貫していて、
全体がその人らしく整って見えることだろうし
《センス》という言葉だけを突き詰めていくと、とても曖昧な言葉。
感じ方も人それぞれ違うので
これがセンスよい状態ですと明言できない。
だから写真は、撮った本人が一番見えにくいのが実情です。
写真は本来
自由に撮っていいものだし
感じたまま撮るもの。
だから、答えが分からないまま、
SNS投稿を続けるのはしんどい。
私には無理かもしれない
あの人みたいになれない
という、少し逃げ腰の考えになっていくのです。

でも、ここで一つだけ言えることがあります。
私には無理かもしれないと
自己否定が強い人ほど、
真面目で、ちゃんとやろうとしていることは確か。
適当にやっていないからこそ
苦しいんですよね。
写真が上手く撮れなくて
色んなことが前に進まない時、必要なのは
新しいテクニックではなくて
「見方」を整えることじゃないのかな。
何が強みになっているのか
どこがズレているのか
何を優先するのか・・それも大切。
これを、いったん外側の目で客観的に 整理するだけで、
撮るものも、見せ方も、驚くほど変わります。
「センスがない」という言葉は、
あなたの才能の有無じゃなくて、
ひとりで抱えているサインなんだと思います。
じゃあその不安をどうすれば良いのか。
私はセンスがある、と
自信を持って言える気持ちになれるのか。
次の記事で、
あなたが本当に求めているセンスの場所の話をします。
次は記事連載④に続きます。
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海と月と
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